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浅草寺

浅草寺は、名前のとおり東京都台東区の浅草に開かれた寺院で、坂東三十三観音の札所としても古くから知られているところであり、境内から東京タワーが見渡せるという絶好のビュースポットであることから、日本人の観光客のみならず、海外から訪れた外国人観光客にも人気となっています。

この浅草寺の由来を記した縁起によれば、推古天皇の時代、当時の浅草に住んでいた兄弟が、隅田川で漁労を営んでいたところ、網に観音像が引っかかったため、これをうやうやしくお祀りしたのがはじまりであるとされています。

その後は比叡山の高僧であり、中国にも渡ったことで知られる慈覚大師がこの地を訪れて、秘仏とされる本尊の観音像のかわりとして前立の本尊を刻み、これを人々が拝礼するようにしたとされており、そのために慈覚大師は中興開山とされています。

浅草寺は「東京都内最古の寺院」ともいわれているように、文献上にはすでに鎌倉時代のころから登場しており、鎌倉幕府の歴史書である「吾妻鏡」には、鎌倉の鶴岡八幡宮を造営するにあたって、鎌倉市中に適当な宮大工がいなかったことから、治承5年、西暦1181年の7月に、武蔵国浅草から宮大工を呼び寄せるように沙汰書を下したことをはじめとして、数々の記述がみられます。

江戸時代に入ると、浅草も徳川家康の支配するところとなり、「黒衣の宰相」ともよばれた天海大僧正の進言によって、家康の祈願所として定められ、寺領500石の寄進がありました。

浅草寺はたびたび火災によって建物を焼失していますが、3代将軍の徳川家光のころには、五重塔や本堂が再建されており、こうしたことを機会に、さらに多くの庶民の参詣客を集めるようになりました。江戸時代のはじめのころには、すでに「仲見世」とよばれる門前の商店街のようなものが成立しており、現在でも観光客を相手にしたみやげ物販売や飲食、娯楽などの場として存続しているところです。なお、五重塔をはじめとする建物は、さらに東京大空襲によってことごとく焼失してしまっているため、現在のものは戦後に再建されたものとなっています。

参道の入口に位置している雷門は、浅草寺のシンボルともいうべきもので、江戸時代に火災で焼失後、長らく仮設のまま放置されていたところ、昭和35年になって、実業家として知られる松下幸之助鉄筋コンクリート製で再建したものです。雷門の中央には赤い大提灯が掲げられており、この提灯は伝統の浅草三社祭のときだけ折りたたまれます

 

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